和太鼓祭音トルコ公演 2003.8.20〜29
2003年は日本に於けるトルコ年の年に当たり、全国各地でトルコの産業・文化などを紹介する企画が組まれました。和太鼓祭音のトルコ訪問と舞台公演の企画は、この日本に於けるトルコ年の企画の一つとして、トルコ・カッパドキア市からの招聘によるものです。日本にトルコの文化を紹介すると同時に、トルコに日本の文化を紹介する相互交流として企画されました。
ウルギュップ市長から贈られた置物
キャラバンサライ公演にて市長より贈られました
カッパドキアロータリークラブから贈られた盾
カッパドキアの観光に尽くしたことを感謝すると記されています
トルコに和太鼓が響いた 祭音と少年団2回目の海外公演大成功
祭音と少年団の2回目の海外公演・トルコ公演は大成功でした。
トルコ公演に参加したのは全部で37名、小学生が3名、中学生が2名、高校生が5名、それに大学生4名を含む若者たち、これに祭音らしく幅の広い年代の演奏者が参加しました。今回は特に松戸七頭舞を踊る会から5名が参加してくれ、短時間で演目を次々に変えていかなければならない2時間を超える公演を支えてくれました。
演奏者の他に少年団の親たちも参加しましたが、参加した人全員がスタッフとして、写真やビデオの記録係に入っていただきました。
代表の山本はみんなより1日早く、公演準備のために京王観光の松岡さんとカッパドキアに入りました。本体は京王観光の渡辺さんと一緒にイスタンブールに入りました。イスタンブールでは、現地のツアー会社チグリスの人達が大勢「祭音のみなさんようこその横断幕をもって出迎えてくれました。まさかの事態にメンバーの気持ちは一気に高まりました。そして次の日、今度は目的地カッパドキアに向かうカイセリ空港で、なんと軍楽隊が真っ赤なユニフォームで出迎え、演奏してくれたのです。こんなことがあっていいのかと疑いたくなるような感動的な始まりです。
マーチが4曲・5曲と続くうちに気分はやたらに高揚してきます。「エイサーを踊ろう!」。なんとトルコの最初のパフォーマンスは、カイセリ空港でのエイサーでした。軍楽隊の帽子をかぶらせてもらう人、錫杖を持たせてもらう人、一緒に写真を撮る人、もう気分は最高でした。少し気分が収まった所で、軍楽隊のみなさんと記念写真を撮ってようやく本来の目的地カッパドキアに向けて出発しました。
初めて見る日本の和太鼓・民舞
最初のトルコ公演はカッパドキアのチャウシン村という小さな村の広場でした。何キロにもわたって奇岩の続くカッパドキアでは、この小さな村にまで来る観光客は多くありません。人口150人という村です。村の広場には退職したお年寄りがのんびりと椅子に座って待っていてくれました。男ばかりです。女の人はこっそり家の中から見ています。
演奏したのは、子ども八丈太鼓、八丈揃い打ち、八丈太鼓ばやし、跳ね娘踊り、そしてうすずみ太鼓。演奏が終わっても誰も帰りません。まだ続きがあると思っているのか、黙って待っています。そこでアンコールとして急遽ぶち合わせ太鼓を演奏しました。これでおしまいですと言ってからの演奏でした。バスの乗り込んで帰るときにはいつまでも手を振っていてくれました。
そしてその夜、カッパドキア・ロータリークラブのみなさんのウエルカムパーティーがホテルで開かれました。地元の観光事業に携わる人達で、エールの交換の後、お礼に2曲演奏しました。八丈回し打ちと樽ばやし。狭い会場で身近に観る太鼓演奏には驚いていました。祭音の女性たち浴衣を着て日本の雰囲気で会場を明るくしました。さすがにロータリークラブとなるとイスラムですが女性同伴です。会場にはヨーロッパの雰囲気がありました。
翌日、昼食をしながら、地元の伝統芸能集団と交流をしました。地元に伝わる踊りの集団で、主に結婚式などで踊られるという踊りを見せていただきました。ガイドの一人は来年僕も結婚するからこれを踊らなければならない、といっていましたが、生活にとけ込んだ踊りのようでした。
祭音は、エイサー、御陣乗太鼓、木遣り歌、ぶち合わせ太鼓を演奏しました。お互いの演奏・演技が終わると、食事をしながらの交流が始まります。奇岩をくりぬいた洞窟の中の食堂でなかなかいい雰囲気です。そのうち島田貴が現地の踊りのマネをちょっとしました。するとその島田高を別室に連れて行き、なんと現地の踊りの衣装を着せて出てきました。それからはみんなで結婚式の踊りのレッスン会場になってしまいました。

その夜、カッパドキアでもっとも大きな公演をキャラバンサライ(隊商宿)で行いました。キャラバンサライはどっちを見ても人家の見えない砂漠のような大地の道路の脇にぽつんとある建物です。1000年も前の旅人の宿でした。石の文化ですから今日まで続いているのですが、それを大事に整備してコンサートホールにしている所です。
この中庭で演奏会を開きました。こんな所にお客さんが来るのかなあと思っていましたが500人ほどの観客が集まってくれました。石の壁に日本から持っていった神楽幕を張り、その前に椅子を並べると立派な会場になりました。始まる前に、私達を呼んでくれたウルギュップ市長との交歓があり、やがて演奏。2時間を超える演奏をしました。昨年の舞台公演「ふるさとは祭り色」を基本に、今回持っていけなかった銚子跳ね太鼓の代わりに御陣丈太鼓を入れた構成。でも1部2部に分けてちょっと休憩を入れたのは良くなかったと後で現地の人から言われました。演奏の間に休憩を入れるという習慣がトルコにはないのだそうです。どの演目にも盛んな拍手をいただきましたが、最後はスタンディングオベーションでなかなかの舞台になりました。
急いで宿に帰って、そのままそれぞれのホームステイに行くのですが、多くの受け入れ先の人が見に来てくれていて、良かったよと言ってくれたそうです。

最大のイベントは24日のパムッカレ石灰棚での公演でした。カッパドキアは地域全体が世界遺産ですが、ここパムッカレでは石灰棚が世界遺産として大事に守られています。何億年もの時間をかけて、温泉の中の微量の石灰が堆積して作られたというまるで雪のような真っ白な大地です。白いだけでなく日本の棚田のように大小の真っ白い池がつづきそこに温泉水が満たされるとブルーの神秘をたたえた池になります。ここは普段は裸足になって観光するのですが、今回特別に祭音の公演会場として許可されました。おそらくこれが最初で最後だろうといっていました。
さてこの真っ白な大地での公演は本当に感動的でした。公演はキャラバンサライの経験を取り入れ休憩なしの2時間公演にしました。始まる前にもう500人ほどの観客が取り囲み、演目を進める打ちにその数は2000人にもふくれあがり、後ろに入れない観客がどんどん舞台の中に入ってくるのです。そして夕方から始めた真っ白い大地はやがて真っ赤な夕日に照らされ、まるで幻想的な世界の中での演奏になりました。写真の専門家がいなかったことがとても残念でした。自動設定のカメラではみんな明るくしてしまい、夕日とかという微妙な感じの色合いを写さないというのです。
どの演目の幻想的な舞台に生えて好感を持たれました。御陣丈太鼓のお面も、七頭舞の華やかな衣装も、エイサーの衣装も、そして黄色と紺のはっぴも、不思議なほど白い大地に映えました。
ここでも演奏が終わるとスタンディングオベーションの拍手に包まれました。遠いトルコまで来て太鼓をたたいた。七頭舞をエイサーを跳ね娘を踊った。それがとてもとても貴重な意味あることだったと参加したみんなが実感した瞬間でした。
舞台公演はイスタンブールに戻ってトルコ民族舞踊団との交流公演を最後にしました。交流はできませんでしたが、たくさんのトルコ伝統芸能を観ることが出来、私達の舞台も観ていただきました。中でも今回の公演を準備してくれたチグリス社のみなさんや応援してくれた杉浦さん達に観ていただけたことは嬉しいことでした。
今回のトルコ公演は、ドイツの時と違って太鼓や道具を全部持っていかなければなりませんでした。舞台用に作った重い道具を作り替え、丸い太鼓を四角い箱に梱包し、その移動はすさまじいことになりました。ハードスケジュールと、トルコの水や、料理の油が体に合わなくて体調を崩した人も出ました。楽しみにしていた出演や観光を断念しなければならなかった人もいました。それぞれにちょっと悔いの残るところもあったかもしれません。しかし今度のトルコ公演は長い準備の期間も含めて、大勢の人達の力が集まって見事に成功を収めたといえると思います。それぞれの人生に一つの輝く瞬間を作ったのではないでしょうか。そして祭音と少年団にとっても、伝統芸能に関わりながら世界に繋がる役割をちょっとだけ果たした、そういう自負を持っていい公演だったと思います。
ご支援いただいたみなさんに、たくさんの感謝を述べて、公演報告にします。