「平間わんぱく少年団」と「和太鼓祭音」について

山本忠利 (和太鼓祭音・平間わんぱく少年団代表)
平間わんぱく少年団と和太鼓祭音の成り立ち

わんぱく少年団などというと、スポーツ少年団のイメージですが、実は文化少年団なのです。生まれたのは今から23年前。もともとは子供たちの放課後を豊かにしようという何でもありの野外活動少年団だったのです。それは子供の親たちがそれぞれの得意技を子供に伝承しようと始めたのですが、結局私が教えていた和太鼓演奏だけが残ってほかは続かなくなり、和太鼓少年団になったというわけです。

ですからはじめから文化ではなく、野外活動少年団が出発だったのです。でも和太鼓というのは叩けば音が出るし、結構気持ちいものなのです。子供たちもだんだんハマって、何曲か覚えるうちに、人前でやってみたくなり、人前でやると、ちょっと目立ちたい気分が満たされて、ますますハマるといった感じでとうとう23年続くことになります。

それでも少年団ですから小中学校を終えると卒業で、和太鼓とは関係ない世界に飛び出していきます。もったいないなあと思う子供もいますが、仕方のないことでした。

そんなある時、川崎市中原区の成人学校として「和太鼓教室」の講師を委託されました。教室が終わると、まだ続けたい大人達のサークルが出来ました。だけど楽器がありません。少年団は長い活動の中でやりくりしたり、寄贈されたりで、数個の太鼓を持っていました。そこで、少年団のOBと太鼓教室を終わった、まだ続けたい大人に、和太鼓に興味を持つ仲間を誘って大人の和太鼓集団をつくることにしたのです。こうして「和太鼓祭音」は生まれました。そして来年2002年に10周年を迎えます。

和太鼓祭音になってもその集団が楽器を持っているわけではありません。そこで、「わんぱく少年団」と「和太鼓祭音」兄弟集団のちぎりを結び、少年団の練習には、祭音の大人が手を貸すこと、少年団は中学を終えたら祭音に入れる。演奏活動は少年団と祭音の合同出演として行う、ことにしました。そして楽器はみんなで一緒に使うことにしたのです。もちろん新しい楽器は共同で購入し。共同で管理することにしました。

祭音の集団としての課題は舞台公演をること

日常的にいろいろな集会や催し会場から出演依頼があります。それに応えて演奏活動をすることは当然ですが、目標は自前の舞台公演をきちっともつことです。舞台公演は自分たちでお客さんを呼ばなくては成り立ちません。2時間の舞台を感動的に作り上げるためには、舞台公演としての構成演出が必要です。舞台芸術として鑑賞に堪えうるところまで演技の質を高めるためには、自分がやっている太鼓や民舞の成り立ちや、それぞれの現地でどのように育まれ営まれているかを知る必要に迫られます。ただ単に太鼓が好きだというだけではなく、伝統芸能としての心に触れることで、観る側だけでなくやる側も文化の豊かさに浸かることが出来ます。折角やるのですからそういう豊かさを教わりながら、楽しめたらいいなというのが、大きな目標なのです。
2000年に初めての舞台を踏みました。みんな夢中で演奏しました。そしてその伝えたい気持ちは届いたようです。そしてその同じ年ドイツに呼ばれて海外公演をする機会に恵まれました。来年2002年に2回目の公演を予定しています。これまで以上に心と技を磨かないと出来ないことなので、気持ちを合わせていこうと思います。

祭音のコンセプトは祭り

日本中に心がうずく祭りが沢山あります。ものすごくメジャーものもありますが、それほど知られていない、だけど気持ちが満たされる祭りも沢山あります。もちろんそれら全てを知っているわけではありませんが、何かの機会に知り得た祭りとその祭りでたたかれている太鼓、踊られている踊りの中から、私たちのフィーリングに合ったものを選んで、取り組んでいます。本当は祭りをそっくり移設してしまって楽しめたらいいのでしょうがそうもいきません。そこでそのエキスみたいなものを頂いて、というか借りてきて、私たちのレパートリーにさせていただいています。
祭りでは叩かれる太鼓も、踊られる民舞も、必ずしも名人ばかりではありません。もちろん超一流の名人芸も見ることが出来ます。それらの混在した祭りが好きです。だから太鼓が主流であっても、歌や踊りが有ればもっといいなと思うし、その反対もあります。祭りの中にある太鼓、祭りの中にある民舞、を何とか祭自体と共に舞台に上げられないかというのが願いです。もちろん屋外で演奏するときもそこが祭りの広場になることが最高に素敵だと思うのです。

少年団は伝統芸能の心を学ぶ

少年団はたくさんの仲間を作り、伝統芸能の祭りの心を学びながら育ちあう場にしてほしいと思っています。スポーツ系の子供たちはサッカークラブ、野球チーム、バスケットチームとそれぞれ得意な分野に入っていきますが、そういう得意のない子供たちに(運動の好きな子供も入っていますが)この少年団で仲間づくりをしてもらえたらと思うのです。出演が近くなった日の練習は少年団も祭音のメンバーも一緒です。そこには小学校1年生から60歳まで、殆ど切れ目のない50人ほどの集団が出現します。これはすごくいいなあと思っています。当たり前の社会の投影ですが、最近の子供を取り巻く状況からすると不思議な気もするほどです。練習の合間に青年を追いかけ回す小学生の姿を見ます。その一方で青年達の力強い太鼓に目を見張り、目標にしているのです。多様な関わりを通していつしか伝統芸能から様々なことを学んでいきます。

素敵な出会いと輝く瞬間を求めて待っています
私が最年長で、61歳になりました。振り返ってみて素敵な出会いと輝いた瞬間なんて本当に少ないことに気が付きます。特に働き者の日本人の男性は、精も根も尽きるほど働いて、気が付いたら定年なんていう人も多いことでしょう。若者たちも、買い物文化に囲まれて、本当に充足する感動は少ないのではないでしょうか。創造するということはなかなか大変で、しかも満足できる結果を得るなんてそうあることではありませんが、そういう目的を同じにして切磋琢磨し、ある時ある瞬間「やった」という思いに駆られたらこんな幸せなことはないでしょう。私は生きている歴史に、輝く瞬間をちりばめられたらいいだろうなあと思って太鼓をたたいたりお芝居をしたりしてきました。そしてそう多くはありませんが、何度かそんな瞬間に出会ったようにも思います。これからも子供たち、青年たち、子供の親たち、昔の青年たちと、そんな瞬間と、出会いを求めて続けていこうと思います。
仲間がほしいなと思ったあなた、気晴らしに太鼓をたたいてみたいと思ったあなた、祭りの中から生まれた踊りに身を任せてみたいとふと思ったあなた。我が子に太鼓や踊りを味合わせてあげたいと思ったお母さん、俺だってまだまだ若いと思っているお父さん、是非飛び込んできてほしいと思います。お待ちしています。
2001.7 記